このワダイ、3行で
- 2026年10月25日、文字の順番を入れ替えても読めてしまう日本語の文章の画像が「日本人は読めちゃうらしい」という一言つきでXに投稿され、10月28日時点でXの表示回数が50万回以上になりました。
- 文中の「ケンブリッジ大学の研究」について、ケンブリッジの研究者は「自分の知る限り、いまケンブリッジでこの研究をしている人はいない」と書いています。元をたどると1999年の投書と2003年のチェーンメールに行き着き、日本語版は2009年に2ちゃんねるで広まりました。
- 研究者の説明は「部分的には本当だが全体としては誤り」で、入れ替えた単語は読む速さが落ち(約11%)、読みやすさは文の作り方で大きく変わります。2023年の研究では、AI(GPT-4)が入れ替えた英文をほぼ元に戻せたと報告されています。
タイポグリセミアとは、単語の中の文字の順番を入れ替えても、最初と最後の文字が合っていればなんとなく読めてしまう、という現象や、それを試す文章のことです。英語の「typo(打ち間違い)」と、血糖の状態を意味する「glycemia」をもじった言葉で、正式な学術用語ではありません(Dictionary.com、2022年8月15日)。
「ケンブリッジ大学の研究によると」で始まるこの文章は、20年以上前からネットを回り続けているネタでもあります。このページでは、今回の画像の中身、「ケンブリッジ大学の研究」の正体、本当にどこまで読めるのか、そしてAIはどうなのかを、研究者の説明と論文で確かめます(2026年10月28日時点)。
2026年10月、また回ってきた「読めちゃう」画像
きっかけは、10月25日の18時ごろ、一般の方がXに投稿した1枚の画像です。「これなぜか日本人は読めちゃうらしい」という一言が添えられていました。画像には、ひらがなとカタカナだけで「この ぶんしょう は イギリス の ケンブリッジ だいがく の けんきゅう の けっか…」という内容が、単語の中の文字を入れ替えた形で書かれています。文章そのものが「最初と最後の文字さえ合っていれば、順番がめちゃくちゃでも読める、という研究にもとづいて、わざと文字の順番を入れ替えています」と種明かしをしている作りです。
この画像は、10月28日時点でXの表示回数が50万回以上になっています。引用には、文章が読めたという報告のほかに、「20年くらい前のネタが周回してきた」「20年ぶりくらいに見た」といった声も見られました(10月26日ごろ、Xの引用ポストより)。昔からネットにいる人にとっては見覚えのあるネタで、初めて見た人にとっては新鮮なネタだったわけです。
おもしろいのが、画像の文面が2009年に流行した日本語版のコピペ(そのまま貼り付けて広まった定型文)とほぼ同じなのに、細かいところが変わっている点です。2009年版にあった「こんちには みさなん おんげき ですか?」というあいさつが無くなり、「にんんげ(人間)」が「にげんん」に、文末の「あまりす」が「おまりす」になっていて、「を」も1つ増えています。コピーされ、作り直されながら回ってきた跡が、文面に残っているわけです。
「ケンブリッジ大学の研究」は本当?
結論から言うと、ケンブリッジ大学でこの研究が行われたと確かめられる資料は、今回は見つかっていません。「いまケンブリッジでこの研究をしている人は知らない」と書いているのは、ほかならぬケンブリッジの研究者です。
英国の医学研究会議(MRC)の研究所「MRC Cognition and Brain Sciences Unit」(ケンブリッジ市内にあり、大学院生はケンブリッジ大学に在籍していると、研究所の公式サイトに書かれています)の研究者、マット・デイヴィス氏は、この文章を解説するページを公開しています(Matt Davis氏の解説ページ)。それによると、英語の文章「Aoccdrnig to a rscheearch at Cmabrigde Uinervtisy…」は2003年9月にネットで出回り、2003年9月16日に記者が出どころを探して同僚に問い合わせてきたことで、デイヴィス氏も知ったそうです。デイヴィス氏は、自分の知る限り、いま英国のケンブリッジでこのテーマを研究している人はいない(米国のケンブリッジにはいるかもしれないが、知らない)、と書いています。また、この文章は転送されるうちに形を変えていき、ケンブリッジ大学の名前が入った版が届いて興味を持った、とも書いています。
元ネタは1999年の雑誌への投書
では、話の元はどこにあったのか。デイヴィス氏のページが挙げているのが、グラハム・ローリンソン氏が英国の科学誌『New Scientist』に送った投書です。1999年5月29日号に載ったこの投書で、ローリンソン氏は、1976年にノッティンガム大学で書いた博士論文について、単語の中の文字をランダムにしても、読み慣れた人の理解にはほとんど影響がなかった、と紹介しています。A4の紙1枚分のぐちゃぐちゃな文章で、ある速読者は4〜5か所しか間違いに気づかなかった、という話も出てきます(投書「Reibadailty」の保存ページ。2009年3月に保存されたもの)。
細かいけれど大事な違いがあります。投書の中でローリンソン氏が自分で崩してみせた文は、「最初の2文字と最後の2文字」を残す形でした。それが2003年のチェーンメールでは「最初と最後の1文字」に変わり、「イギリスの大学」が「ケンブリッジ大学」になっていきました。ネットで広がるうちに、話が少しずつ分かりやすく、もっともらしくなっていったことが分かります。
日本語版は2009年の2ちゃんねるで広まった
日本語版が大きく広まったのは2009年5月です。ITmediaの「ねとらぼ」は2009年5月8日、ひらがなとカタカナだけのコピペが2ちゃんねる(今の5ちゃんねるの前身の掲示板)に登場し、「読めた」「人間の脳すげー」という書き込みが相次いだと伝えています(ITmedia NEWS、2009年5月8日)。
このコピペが貼られたのは、「ウィキペディアが与える影響を調べるため、学生がもっともらしい嘘を書き込み、多くの欧米の新聞がだまされて引用した」というニュースのスレッドでした。もっともらしい嘘の話の場所に、確かめられない「ケンブリッジ大学の研究」の文章が貼られて盛り上がった、という少し皮肉な組み合わせです。
ブログ「絵文録ことのは」が2009年5月10日にまとめた記事では、英語版が2003年9月にブログからブログへ広がった道すじを当時の保存ページでたどり、日本語版の原型は2004年のブログのコメント欄に投稿されたものとみられる、としています(絵文録ことのは「「読めてしまう」文章ネタの起源と歴史」)。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1976年 | ローリンソン氏がノッティンガム大学で、単語の中の文字の位置についての博士論文を書く |
| 1999年5月 | 同氏が『New Scientist』に投書。崩した例は「最初の2文字と最後の2文字」を残す形 |
| 2003年9月 | 英語の「Aoccdrnig to a rscheearch…」がネットで出回る。途中で「ケンブリッジ大学」の版が出る |
| 2004年 | 日本語版の原型がブログのコメント欄に投稿されたとみられる(絵文録ことのはによる) |
| 2009年5月 | 日本語版のコピペが2ちゃんねるで流行(ITmedia 2009年5月8日) |
| 2020年9月 | 秋葉原駅前に、この仕組みを使った看板が出たとされる(J-CASTニュース 2021年10月19日) |
| 2023年 | 東京大学の研究チームが、GPT-4は入れ替え文をほぼ元に戻せると発表 |
| 2026年10月 | 2009年版とほぼ同じ文面の画像が、Xでまた広がる |
街の中でも使われています。J-CASTニュースによると、屋外広告を手がける太陽巧芸社は、広告の枠が空いたJR秋葉原駅近くの交差点に、「みさなん おつれまかでさす。」のような文字を入れ替えた看板を出しました(J-CASTニュース、2021年10月19日)。
本当はどこまで読める?
では「最初と最後が合っていれば読める」は、まるごと嘘なのか。デイヴィス氏の答えは「部分的には本当だが、全体としては誤り」です。
まず、読めることは読めても、ただでは読めていません。デイヴィス氏が紹介している2006年の研究(Rayner氏ほか、『Psychological Science』)では、単語の中の文字を入れ替えると、読む速さがおよそ11%落ちました(論文の情報(PubMed))。一方で、読んでいる人が入れ替えに気づかないことも多く、文字を別の文字に置き換えたり、最初や最後の文字を動かしたりした時よりは、落ち方が小さいそうです。
次に、どんな文でも読めるわけではありません。デイヴィス氏は、同じルールで崩したニュースの文が、文によってどんどん読みにくくなる例を見せています。最初と最後の文字だけで読んでいるなら、英語の「salt(塩)」と「slat(細い板)」は区別できないはず、という指摘もしています。
あのチェーンメールが読みやすいのは、文の作りに理由がある、というのがデイヴィス氏の見立てです。2〜3文字の短い単語は入れ替えようがないこと、「the」「and」のような文法の役目をする短い言葉がそのまま残ること、入れ替えが隣どうしの文字で済んでいること、入れ替えた結果が別の単語にならないこと、そして次に来る言葉を予想しやすい文であること、などです。
日本語のコピペに当てはめてみると、「は」「の」「を」「と」のような1文字の助詞は動かしようがなく、文の骨組みがそのまま残っています。「けゅきんう(けんきゅう)」のように近くの文字を入れ替えたものが多く、中身も「この文章は〜です」という予想しやすい説明文です。読めるように作られた文、とも言えそうです。
試しに、編集部で同じルール(最初と最後の文字はそのまま)で2つの文を崩してみました。
①きのう は とだもち と こえうん で さんぽ を して から いえ に かりえました
②ぎきつてじゅな しいさょうは べしっの せいょしめつを さしうょん して くさだい
①は「きのうは友だちと公園で散歩をしてから家に帰りました」で、多くの人がすっと読めると思います。②は「技術的な詳細は別紙の説明書を参照してください」です。こちらは、ふだん耳で聞き慣れない言葉が続くうえに、小さい「ょ」「ゅ」まで動いているので、つっかえた人が多いのではないでしょうか。同じルールでも、文によって読みやすさはまるで違います。
「日本人は読めちゃう」は本当?
今回のポストには「なぜか日本人は読めちゃう」とありますが、話の元は英語の文章で、英語の読み手も同じように「読める」と驚いていました。日本人だけの力、という根拠はありません。
ただ、日本語のかなでも、入れ替えた文字が単語を見分ける手がかりとして働くことは、実験で確かめられています。たとえば2011年の研究では、黙読中に「アリメカ」をちらっと見せてから「アメリカ」を読ませると、「アカホカ」を見せた時より、目が止まる時間が短くなりました(Perea氏ほか、2011年)。日本語と英語の両方を読む人に日本語の単語を短く見せる実験では、入れ替えの効果が縦書きでもはっきり出た、という研究もあります(Witzel氏ほか、2011年)。
2016年には、ひらがなの色の名前の真ん中を入れ替えても、定型発達の子ども(20人)は色の意味を読み取ってしまう一方、読み書きに困難のある子ども(11人)では入れ替えた語で同じ結果が出なかった、という小さな研究も出ています(Ogawa氏ほか、2016年)。ただし、2つのグループの差そのものは統計的にははっきりしなかった、と論文は書いています。論文は、入れ替えても読めるかどうかに、文字のつづりをまとまりで読む力が関わっているとみています。
AIはこの文章を読める?
今回の画像は、AIにも読めるのか。これには論文があります。東京大学の研究チームは2023年、文字を入れ替えた英文を元に戻させたり、入れ替えた文を読ませて質問に答えさせたりする試験を作り、いくつものAIを比べました(Cao氏ほか、2023年)。
その結果、GPT-4は、単語の中の文字を最初と最後も含めて全部入れ替えた文でも、元の文をほぼ戻せたそうです。元の文とのずれ(どれだけ直す必要があるか)を95%減らした、と報告されています。論文はこの課題を「ほかのAIにも、しばしば人間にとっても難しい」と述べています。全部入れ替えた条件で元の文をどれだけ戻せたかの割合(回復率)は、論文の表で、GPT-4が約96%、GPT-3.5-turboが73〜78%、text-davinci-003が19〜37%でした。
ただし、これは2023年当時のAIを、英語の試験で調べた結果です。今のAIが日本語のかなの入れ替え文をどこまで読めるかは、この論文からは分かりません。ちなみに、この論文自身も注で「タイポグリセミアは、はっきりした科学的な裏付けのないネットのミームだ」と書いています。人間が入れ替えた単語をある程度読めるのは確かでも、「最初と最後が合っていれば読める」という言い方は言いすぎ、ということです。
ネットの言葉が、脳が足りないところを補って読んだり聞いたりする仕組みでおもしろくなる例は、ほかにもあります。歌い出しが知らない人の名前に聞こえる空耳が、笑いのもとになったミームも、同じ「脳の補い」が笑いになったものです(星野源『伊藤奈美子』ミームとは?元ネタと空耳が名前に聞こえる理由)。また、ネットで広まった「説」を研究で確かめると、言われていた形とは違う答えが出ることがあります。「…」を使うのはオタクだけ? という説を調べたページも、同じ確かめ方をしています(三点リーダー「…」を使うのはオタクだけ?語尾につける意味を研究から検証)。
まだ分かっていないこと
「タイポグリセミア」という言葉を誰がいつ作ったのかは、辞書サイトの説明でもはっきりしていません。日本語版のコピペを最初に作った人も分かっていません。2009年に流行した2ちゃんねるのスレッドの元の記録も、今回は見つけられませんでした。新しく分かったことがあれば、このページに書き足します。
たどれた範囲で言えるのは、1999年の1通の投書が元になったとみられる話が、「ケンブリッジ大学」という肩書きを途中で手に入れて英語圏を回り、2009年に日本語になり、2026年にまたXで回ってきた、ということです。そのたびに「読めた!」と驚く人がいて、20年前を思い出す人がいます。この文章は、読めるかどうかを試すネタであると同時に、ネットで話がどう形を変えて残っていくかの見本にもなっています。
アイキャッチ画像:MRC認知・脳科学ユニット(ケンブリッジ)の建物。作者 Smb1001、CC BY-SA 4.0、元画像(Wikimedia Commons)。トリミングあり。


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