このワダイ、3行で
- 鎌倉高校前踏切にAIカメラ12台が設置され、聖地巡礼オーバーツーリズムの実証実験が進んでいます。
- 映画『THE FIRST SLAM DUNK』のアジア圏興収158億円が巡礼客を急増させ、白タクや排泄行為など深刻な問題が発生しています。
- 国のオーバーツーリズム対策予算は前年比8倍超の100億円に急増し、日本各地で同じ構図が広がっています。
神奈川県鎌倉市にある「鎌倉高校前1号踏切」。江ノ電の踏切越しに広がる相模湾の風景は、TVアニメ『SLAM DUNK』のオープニングで描かれた象徴的なシーンとして、世界中のファンに知られています。
その踏切周辺に2025年12月から、AIカメラ12台が設置されています。観光庁のICTサービス利活用促進事業として約400万円の予算で実施されたこの実証実験は、「聖地巡礼」が引き起こすオーバーツーリズムの深刻さを物語っています。
鎌倉高校前1号踏切は、TVアニメ『SLAM DUNK』(1993〜1996年放映)のオープニング映像に登場する場所です。踏切の先に相模湾が見え、晴れた日には江ノ島や富士山も望める絶景が、アニメのシーンを「そのまま」再現できることからファンの聖地となりました。
AIカメラ12台が記録するもの
2025年12月19日から始まった実証実験では、踏切5カ所と住宅街にAIカメラ計12台が分散設置されています。公園周辺のカメラは3分おきに静止画を撮影し、ほぼリアルタイムで専用サイト「kamakura-live.jp」に公開。踏切5カ所のカメラは15分おきに撮影しています。
AIが記録しているのは、来訪者数や混雑時間帯だけではありません。道路からあふれて撮影する観光客の人数、路上の駐停車状況、白タク(無許可タクシー)疑いの車両のナンバーまで、データとして蓄積されています。悪質なケースは警察に届け出る体制も整っています。
撮影された映像にはぼかし処理が施されており、踏切周辺には日本語・英語・中国語・韓国語の4カ国語看板で録画中であることが告知されています。実証実験を担当しているのは株式会社SKIDAY(東京都千代田区)で、事業費の約400万円は観光庁が全額負担しています。
映画158億円が引き金──なぜこの踏切に人が殺到するのか
聖地巡礼の歴史は1990年代に遡りますが、転機となったのは2022年12月に公開された映画『THE FIRST SLAM DUNK』です。原作者・井上雄彦自身が監督・脚本を手がけたこの作品は、日本で興行収入約158億円を記録し、2023年の年間1位となりました。
その波はアジア圏全域に波及しています。中国では公開初日に290万人が鑑賞し、わずか4日で1,000万人を突破。興行収入は130億円を超えました。韓国でも約50億円、台湾では公開2週間で日本映画歴代2位となる18億円超を記録しています。全世界122カ国以上で上映され、総興行収入は約2.79億ドル(日本映画歴代6位)に達しています。
この爆発的ヒットが、アジア圏からの聖地巡礼を急増させました。2024年の鎌倉市全体の延べ入込観光客数は約1,594万人で、人口約17万人のおよそ94倍にあたります。踏切周辺では休日に70〜100人が同時に滞在する状況が常態化しています。
白タク・排泄行為・宅配ボックス私用──迷惑行為の実態
観光客の急増がもたらしたのは、住民の生活を直接脅かす行為の数々です。
まず白タク問題です。アルファードなどのワゴン車で観光客を送迎する無許可タクシーが急増し、住宅街に無断駐車して待機するケースが後を絶ちません。国交省関東運輸局は2025年秋にJR鎌倉駅と鎌倉高校前駅で約20人体制のビラ配布(約600枚)を実施する事態に至っています。
さらに深刻なのが、民家周辺での排泄行為です。駅トイレの容量不足もあり、野外排泄する外国人観光客が発生しています。私有地への無断侵入や、マンションのエントランスまで入り込むケースも報告されています。さらには宅配ボックスをコインロッカー代わりに使用する──荷物を入れて暗証番号を設定し、観光後に回収する──という予想外の行為まで起きています。
車道では、青信号でも車が進めないほど観光客が撮影のために飛び出す状況が続いています。過去には、撮影に夢中の外国人女性が車道に飛び出し、車と接触する事故も発生しています。
地元住民からは「限界まで来ている」との声が上がっており、実際に引っ越した住民もいます。ある40代女性は「歩道が観光客でふさがっていて、『すみません』と言いながら通っています」と語っています。
看板→警備員→防犯カメラ→AI──10年間の対策史
鎌倉市と江ノ電、地元住民による対策は10年近く続いてきました。
始まりは2017年です。英語・中国語・韓国語の注意看板が設置され、同年からは土休日・連休に警備員が配置されました。しかし効果は限定的で、2019年には自治町内会・学校・警察・江ノ電の25人が参加する「外国人等観光客対策連絡会」が発足しています。
COVID-19による一時的な沈静化を経て、2022年末の映画公開で問題が再燃。2023年11月には踏切に警察車両が週5日配備されるまでエスカレートしました。
2024年12月には24時間録画の防犯カメラが設置されています。2025年秋には警備員を2名から5〜7名に増員し、さらにガバメントクラウドファンディングで目標350万円の資金を調達しました。そして2025年12月からのAIカメラ12台の実証実験へとつながります。
看板から始まり、人の目、カメラ、そしてAIへ。対策のエスカレーションそのものが、この問題の根深さを物語っています。
富士山ローソン、『超かぐや姫!』──日本各地に広がる聖地巡礼オーバーツーリズム
この問題は鎌倉だけのものではありません。
2024年に世界的な話題となった「富士山ローソン」問題では、海外インフルエンサーがローソン店舗の上に富士山が見える写真をSNSに投稿したことで外国人観光客が殺到しました。ゴミのポイ捨てや歯科医院への無断侵入が相次ぎ、山梨県富士河口湖町は高さ2.5m×長さ20mの黒い遮光シートを設置するという異例の措置に出ています。
2026年2月にはNetflix配信アニメ『超かぐや姫!』の舞台となった立川市で、私有地への侵入やアパートの写真のSNS投稿が問題化しました。公式が「私有地・学校等への無断立ち入り禁止」「無許可での撮影・配信禁止」を明示する異例の注意喚起を出しています。
こうした背景もあり、国のオーバーツーリズム対策予算は2026年度に前年比8.34倍の100億円に急増しました。観光庁の2026年度予算全体も前年比2.4倍の1,383億円に膨らんでいます。2024年の訪日外国人調査では11.8%がアニメや映画のロケ地を訪日理由に挙げており、「コンテンツの力が観光を動かす」時代の副作用として、この問題は今後さらに拡大していく可能性があります。
次年度は6台に集約──「監視」から「共存」へ
2026年度に向けた動きも見えてきています。
AIカメラは12台から6台に集約される予定です。これまでのデータから効果的な設置場所を精査し、より効率的な警備員配置と警察への情報提供に役立てる方針となっています。「対策してくれたおかげで車がスムーズに進めるようになった」という住民の声も出始めています。
新たにインバウンド向けのSNSマナー啓発事業も計画されており、インフルエンサーとのコンテンツ制作に向けた事業者選定が進行中です。「来ないでください」ではなく「楽しみ方を伝える」というアプローチへの転換が図られています。
鎌倉高校前踏切の問題は、「アニメが好きすぎて迷惑になる」という単純な構図ではありません。コンテンツの世界的成功がもたらす「光と影」のバランスを、地域・行政・ファンがどう取っていくのか。1つの踏切が、日本の観光政策の縮図になっています。
関連リンク
- 鎌倉市「AIカメラによる環境改善に向けた実証実験」:https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kisya/data/2025/20251219.html
- 映画『THE FIRST SLAM DUNK』公式サイト:https://slamdunk-movie.jp/
- 鎌倉高校前1号踏切 – Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/鎌倉高校前1号踏切



コメント